April 2009
二次元に恋し、喪のまま結婚する事無く八十数才になった俺。
近所からは「危ない老人」「キチガイ老人」と、若い頃と同じく迫害され続ける俺。
訪れる人といえば、市の職員が「死んでねーか?」と来るくらい。
ある日風邪をこじらせた俺の家の玄関を、ダンダン!と叩く馬鹿がいる。
ブチ切れた俺は「誰だ!フォルァァ!」と扉を激しく開ける。
そこには50年以上前に、心の底から愛し恋い焦がれた
あのキャラの姿があった。
彼女は何ら変わらぬ優しい笑顔で俺に手を差し伸べ
「お待たせ!さぁ一緒に行こっ」
震えた。涙が止まらなかった。
それから数日後、俺の家を訪ねた市の職員は、
玄関先で倒れた俺を発見する。すでにこと切れていた。
警察や役所は「風邪をこじらせた独居老人の孤独死」と結論を出す。
しかし色んな孤独死を見てきた市の職員は、不思議に思っていた。
これ程の満面の笑みで亡くなった老人を彼は知らない。
最後の最後でこの孤独な老人に、
一体どんな奇跡が起きたのだろうか。
itkz:
お前だよ。お前。Flickr のお洒落な写真を次々 reblog してるお前だよ。お前リア充だろ。ほーら、今言われてびくっとしたろ。リア充って言われてちょっと血の気引いたんじゃねえのか? そもそもリアルを軽視、軽蔑してる奴が、現実を切り取ったものである写真なんかを reblog するはずがないんだよ。現実から逃げて、それでもどこかに自分の居場所は欲しくて、だから現実を捨てて脳内にしかない虚構化した世界に入り浸ってしまうような、要するにアニメや漫画やゲームやラノベで自分に都合の良い物語や登場人物だけを見て人生を満足させてるような奴は、絶対に本物の現実には向かおうとしない。現実を切り取った写真は確実に現実に繋がっていて、怖くて触れられないわけ。お前はリア充なんだよ。ふざけるなよ、そうやって「僕はリアルを切り取った写真というものが好きですから」って斜に構えて見下しか。俺だって必死に生きてるんだよ。写真も鏡も YouTube も、会社も学校もコンビニの店員も全部怖いんだよ。全部現実に繋がってるんだよ。だけど生きていかなくちゃいけないんだ。だからアニメや漫画やゲームやラノベで自分に都合のいい世界を獲得して、それを脳内にコピーして、やっと自分の居場所を作ってるんだよ。それをお前らは壊そうとしてるんだ。やれ、こいつの Tumblr を見たらお洒落なヌード写真。その女はセックスの時に俺の挙動不審を笑う敵だ。やれ、あいつの Tumblr を見たらクールな建設物の写真。俺にとって外の世界は失笑と暴行の海なんだよ。なんでどいつもこいつも Flickr の写真を reblog するんだ。インターネットにも俺の世界はないのか。インターネットって虚構化された世界だったんじゃないの? 俺泣きそうだよ。インターネットでまで現実のこと考えたくないんだよ。もういいよ、俺は一生ナディアや天野あいや虹野さんやアメリアと過ごしていくよ。お前はリア充やってろ。俺とお前は住む世界が違いすぎたんだ。
車内でのマグロ解体止めて
青果業 高橋 茂信(48)
車内でのヘッドホンの騒音や座り込みなど若者の車内での迷惑行為が取りざたされて久しいが、先日、私も会った若者の傍若無人ぶりが許せずペンを取りました。
12月に私が山手線に載っていると、若者達がクロマグロ一尾を担いで入ってきたのです。若者達は車内にクロマグロを放り出すと腰から牛刀を抜き、マグロを解体し始めました。
エラと内蔵をとってから、頭部を切断する手並みはセオリーに則っており、素人としてはまずまずでしたが、場所が場所です、飛び散る血と肉に車内は一時騒然となりました。また、最初は丁寧だった解体作業も四つ割り(ロイン)のあたりから怪しくなり、ついにはサクにする前に肉にかぶりつく始末。
マグロへの敬意を感じられない振る舞いに私はいても立ってもいられなくなり、若者達に「そんな解体の仕方ではマグロが可哀想だ、それと車内で刃物振り回すのはあぶないので止しなさい」と穏やかにたしなめると、彼らは「カッコつけるんじゃねぇよ、お前もマグロが喰いたいだけだろう?」と詰め寄られ、マグロのブロック肉を投げつけられました。
(これが「キレる」というやつなのでしょうか?)
もちろん私はマグロが食べたかったのではありません。
車内で刃物を振りかざす行為が周囲の迷惑であること、そしてマグロへの非礼を自覚して欲しかっただけなのです。
私はこの場を借りて、彼らにもう一度告げたい。
「若者よ、マグロをさばくにはそれなりの場所とマナーがある。不作法な解体はけっしてあなた方のためになりませんよ。」と。
Dの嘘 -読者の声から (via suyhnc) (via tiga) (via kml) (via kml)
担げるほどの重さということは、ボストン沖などでなく大間など近海物だったんだろうか。それはもったいない!
(via nakano)今まで楽しく思えてたことが、最近、どんどん楽しく感じられなくなってきてる。
ものすごい子供っぽい話なんだけれど、数ヶ月前から発売を楽しみにしてたコミックが店頭に並んでたのに、買えなかった。
買いたいと思えなかった。読みたいと思って楽しみにしてたはずなのに。目の前にあったら「読みたい」が出てこなかった。
買い物に連れて行ってもらって、「なんか買いたいものないのか」って問いに「うん」て即答して苦笑された。
「あれば買うから遠慮せんで言い」って言われたけど、遠慮じゃなく「欲しいもの」がなかった。
それは仕事で必要な服とかコスメとか、そういうのなら思いつくけど「必要なもの」で「欲しいもの」じゃないから咄嗟に浮かばなかった。
可愛い服、大人っぽい服、アクセサリー、靴、色々と欲しかったはずのものに今は心が動かされない。
実際マルイワンに連れて行ってもらって、目の前で服を見てもそうだったんだからなんかもうダメだと思った。
やってて楽しかったはずのゲームも、途中でやめてしまった。楽しかったのが楽しくない。
読みたかったはずの本も、買いに行くのがなんだか面倒になってしまった。読みたい欲が薄れてる。
大好きなバンドのライブ、行きたい気持ちはあったはずなのにチケットを買う気力がない。買っても行けずに終わる気がする。
購入した新しいアルバムもまだ開封してない。開封してないまんまで2ヶ月たってしまった。
そんな「買ったけど開けてない」「もらったけど開けてない」袋が部屋のあちこちに点在してる。
” —tumblrで何か好きだったか再確認 (via nakano)